茶  

 お茶の稽古は学校を卒業し、丸の内の商社に就職した22歳の時です。商社と家業の写真館の二足の草鞋でした。
写真は結婚式場の写真もあり、仏滅の日曜日が休みでしたが、貴重な休みにもネガの修正や台紙の検討や打ち合わせで、満足な休みは
ありませんでした。
 そんな多忙の中に息抜きとして、お茶に魅せられました。入谷にある表千家の蕪木宗泉宅に通い、また、同門の先生宅にも伺い稽古を重ねました。
家元と連絡できる講師のお許しも9年も経ち、始めて指導する側となり、5人の入門者がありました。
 指導の傍ら、茶碗造り、茶杓造りにも没頭し、近くは世田谷区内、横浜市内や常滑市内で指導を受けました。
 茶会では宗泉会、松渓会に参加したが月光殿で一緒に遊び廻った当時の小学生が今は孫がいると声を掛けられ懐かしく思います。
 蕪木先生三代に師事し、表千家教授になり、茶会では急に体調の悪くなった当日、先生に代わり何年か席主も務めさせて頂きました。
 平成30年5月には喜寿の祝いの会が、京都市で開催されましたが、足腰が悪く、欠席した所、家元よりお祝いの2品が届きました。
同封の受賞者を拝見したところ都内では一番長く会員になっていたみたいです。
 お茶は相手を持て成し、将棋は相手の嫌がる手を指す。言わば二重人格みたいな拙いです。文化は長く、人生は短いのを楽只の境地です


                                      表千家茶道教授 本田宗瑛